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2014年09月18日

田中哲司さん仲間由紀恵さん結婚


いよいよ結婚

田中哲司さんはいい俳優さんです。

仲間由紀恵さんとの報道では、まるで田中哲司さんでは格が違うと言わんばかりのものがありました。

「馬鹿言っちゃあ、いけね〜よ」

田中哲司さんはどんな役も自然にこなして悪にもなり、善にもなり、今のドラマ界になくてはならぬ存在です。

その人物を少しは知ろうと努力してから報道してね、マスゴミさん👊


☆仲間 由紀恵(なかま ゆきえ)

生年月日 1979年10月30日
出生地 沖縄県浦添市
身長 160 cm
血液型 A型
日出女子学園高等学校卒業
5人兄弟の末っ子
普通自動車免許、スキューバダイビング、2級小型船舶操縦士の資格を持つ
特技は琉球舞踊(師範代レベル)
所属 プロダクション尾木

第56・57・59・60回『NHK紅白歌合戦』紅組司会を務める。

2006年(平成18年)大河ドラマ『功名が辻』に山内一豊(上川隆也)の妻の山内千代(見性院)役で主演。

個人的には『TRICK』の山田奈緒子や『ごくせん』のヤンクミのようなコミカルな役がお似合いかと思います。

税務調査官・窓際太郎の事件簿シリーズの椿薫役の麻生祐未さん、

法医学教室の事件ファイルシリーズの二宮早紀や早乙女千春の添乗報告書シリーズの早乙女千春役の名取裕子さん、

ゆくゆくは市原悦子さん。

大真面目なんだけどクスッと笑える味わい深いコメディエンヌの路線で行って欲しいという願望あり!


マスコミの報道とは反対で、田中哲司さんとの結婚て、女優・仲間由紀恵にとって大きいと思うのですけど、いかがなものでしょ?


田中哲司さん、仲間由紀恵さん
ご結婚おめでとうございます。


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posted by 遅咲き櫻 at 11:27 | テレビの話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月15日

梶光夫さんの天職〜明石家さんまの転職DE天職3


ブラザートムさんが元ピアノ調律師で、あのレイ・チャールズ来日の際にピアノの調律をしたというお話は良かったですね。

レイ・チャールズがトムさんにかけた言葉

「君の顔は忘れないよ」

ハンディを上回る自信と余裕のある人物像が思い浮かびます。

歌で人々を感動させるレイ・チャールズさんの人柄が伝わる素敵なお話でした。


……………………………


昔むかしのお話

日本の歌謡界は、まだまだ美しい言葉や旋律にあふれていました。

幼い時にテレビや有線から流れてきた数々のフレーズは、いま懐かしさと新鮮さを感じさせてくれます。

梶光夫さん 青春の城下町

うっすらとした記憶しかないものですから、曲名は改めて知った様な始末です。

昔のアイドルさんはナチュラルで清々しさがあります。

御三家の橋幸夫さんや舟木一夫さん、西郷輝彦さんは時々お見かけしますが、梶光夫さんは本当に久しぶりでした。


☆梶 光夫(かじ みつお)

本名 梶 芳道
生年月日 1945年3月7日
大阪府大阪市出身

遠藤実門下に入り、1963年12月に日本コロムビアより「黒髪」でデビュー。3作目となる「青春の城下町」が大ヒット。
TVドラマ「若いいのち」では主題歌を歌い主人公を好演。映画にも出演。
その後も「可愛いあの娘」「わが愛を星に祈りて」「アキとマキ」など数々のヒット曲を出した。1965年、高田美和とのデュエット曲「わが愛を星に祈りて」のヒットは、ふたりで歌う青春純愛路線の作品のきっかけとなった。

しかし、父親との5年間だけという約束もあり、家業を継ぐために1970年に歌手を引退し、現在はジュエリーデザイナー、宝石鑑定士として活躍している。時折ステージに立ち歌も披露。

当時の梶光夫ファンであった女性方が梶さんのデザインされたジュエリーのお得意様になられているみたいですよ。

羨ましいことです。

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私には、高価な宝石よりも昔のおぼろげな記憶と共に心の片隅に残った言葉や旋律の方が価値がありそうです。

梶さんは、はんなりとした関西弁が優しい素敵な70代をお過ごしですね。

綺麗なものに触れる日々は生活にも人物像にも反映されるものなのかもしれません。

いえ、梶さんの生来のお人柄かな。

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posted by 遅咲き櫻 at 23:13 | テレビの話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月08日

フィギュアスケーター浅田真央を語るブログ


フィギュアスケートが好きな私は、浅田真央という類まれなる才能を持つフィギュアスケート選手を知る。

まだ幼さが残る15歳の少女は恐れも知らぬ生来の天真爛漫さで、氷上を我がものにしていた。

そして、可愛い笑顔でピョンピョン飛び跳ねて、日本人の心を鷲掴みにした。

ロシアの世界女王、イリーナ・スルツカヤを破ったGPファイナル。

そんな偉業も、その少女にとっては当然のことのように見えた。

この先どんな選手に成長するのだろう。

期待に心を躍らせた。

その期待を裏切られることはなかった。

才能に上回る更なる努力を重ねる少女であった。

この時代に1番難易度の高い演技を選手に課し、1番妥協のない1番厳しいロシアのタチアナ・タラソワさんに師事した。

タラソワコーチの指示によりバレエレッスンも受け、技術はもちろんのこと表現力、芸術性も高める努力を惜しまなかった。

その鬼コーチが「休みなさい」と言う程の練習の虫であった浅田真央選手。

その努力は彼女を裏切らなかった。

その演技に人々は魅了された。

時に涙し、感動を心に刻んで、その演技と名前は永久に記憶にとどまる。

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しかし、採点には不思議な現象が起きていた。

続きはこちらから
posted by 遅咲き櫻 at 17:57 | フィギュアスケート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月06日

山本陽一さんの現在〜ジャニーズのライバルだった、かつての青春アイドル


☆山本陽一(やまもと よういち)

生年月日 1969年2月24日
出生地 大阪府豊中市
血液型 O型

映画『パンツの穴』(1984年)で菊池桃子とW主演でデビュー。

『夏・体験物語2』
『季節はずれの海岸物語』など青春ものを中心に活躍。
必殺シリーズ『必殺仕切人』で京マチ子さんや中条きよしさん、小野寺昭さん、芦屋雁之助さん、高橋悦史さん、そして西崎みどりさんと共演していた。

爆報で山本陽一さんの現在を知る前に偶然にも『必殺仕切人』を観ていたこともあって、芸能界から離れておられることに驚きました。

青春ドラマを主体でやって来た山本さんは90年代トレンディドラマの波に乗り切れず、徐々に失速。

Vシネマや舞台にも活躍の場を広げていたそうですが、40歳の山本さんを突然の病が襲いました。

「夏風邪かな?」と思いつつも仕事に追われていたところ、高熱が出て、ようやく受診。

心臓が2倍に肥大していたそうです。

病名は劇症型心筋炎

初期症状としては、全身関節痛、微熱、嘔吐など風邪と勘違いしやすいものらしく、放置が長引けば突然死という最悪の結果もあり得る要注意疾患です。

山本さんも5日間の昏睡状態が続き、その生存率はナント5%!

相当危険な状態に陥っていたようです。

何とか命はとりとめても、山本さんの場合は心臓機能が健常時から3割ダウン。

それまでの調子では身体がもたないということで失職。

様々な職に就いてはみたものの身体がもたなかったり、

アイドルに何が出来るんだ?風鼻で笑うといった雇い主との面接もあったそうです。

芸能界も楽ではないと思いますけどね。

表向きの華やかさが命の芸能界では、こんな誤解もありそうです。

落ちぶれたというイメージもあるのでしょうね。

2年前には離婚、1年前に大阪の実家に戻られ、頭を下げてお父さんの機械部品会社で働かせてもらっているとのこと。

第2の人生を今、平身低頭でお得意様まわりをして、お父さんに認めてもらおうと奮闘中。

そして、離れてしまったひとり娘さんのために毎月養育費を送金して、ゆくゆくは良い形での再会が出来たらと願っておられるようです。

しっかりとしたご実家の存在が救いですね。

芸能界の一線を退いた多くの方達の転落を思うと山本さんは恵まれています。

今の山本陽一さんは40代としての貫禄も出て、アイドル時代よりもハンサムでした。

posted by 遅咲き櫻 at 20:07 | テレビの話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする