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2013年10月12日

杏ちゃんも東出くんも行きたい適塾


緒方 洪庵(おがた こうあん)

文化7年7月14日(1810年8月13日) ー文久3年6月10日(1863年7月25日))
江戸時代後期の武士(足守藩士)、医師、蘭学者。
大坂に適塾を開き、人材を育てる。
天然痘治療に貢献し日本の近代医学の祖といわれる。


文政8(1825)年、父の大阪蔵屋敷転勤に伴って上阪。
からだが弱く武士に適さないと感じた洪庵は、万人を救済する道としての医を志し、蘭方医中天游の思々齋塾の門に入った。
さらに江戸で坪井信道、宇田川玄真に師事、長崎留学を経た後、天保9(1838)年春、大阪の瓦町(現瓦町4丁目)で医業を開業すると共に、蘭学塾「適塾」を開く。


この適塾の建物は、寛政4(1792)年の大火後に商家として建てられたと推定されており、間口約12メートル、奥行約39メートルの敷地に建ち、通り側の店部分は2階建て、奥の住居部分は平屋建ての典型的な商家の造りである。

適塾は、昭和17年に国に寄贈され、昭和51年に5年を掛けた解体修理を行い、できる限り当初の状態に復元された。そして、同55年5月に一般公開が開始された。
posted by 遅咲き櫻 at 19:47 | 日本の逸材 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする